Message from Tohoku 2: 東北 (杜の未来舎) からのメッセージ 2

This slideshow requires JavaScript.

I have got some more information with images for potters who experienced the Eastern Japan earthquake. Through my email communication to Mr. Saito (Mori-no-Miraisha Gallery in Sendai) and Mr. Honma Shinichi (well-known anagama potter in Iwate prefecture), I learnt most Anagama kilns had been survived with minor damge, while many other Noborigama kilns had serious damge of collapsing. The slideshow tells you real story about what happened to the kilns. I am so sorry that I still have to catch up translating messeges into English. (G.K.)

君嶋様、いろいろとお骨折りいいただき心より感謝したします。
本間様にもその日のうちにお伝えしましたが大変喜んで感謝しておりました。また、今、日夜取り組んでいる窯の再生と新しい作品作りに大きな励みとなったようです。研究なさっているミュージアム収集品の日本陶磁器のお話は古典の存在感と魂に近づくことを目標にしている本間氏ですから大いに興味をそそられたようでした。
ウェッブ・ギャラリーでの作品販売についても作家さんに呼びかけておりますので、集まってまいりましたら次々お送りできればと思っております。
昨日は仙台市北部にある江戸末期からある有名な「堤焼」の窯を訪ねました。4代目は不在で2人の息子さんが応対してくれました。ここは現在3代のガス窯(3リューベの巨大窯をはじめ)が日常的には主力で主にふだん使いの器を生産しています。
1978年の宮城県沖地震の後作られた登窯は裏千家の茶器を焼く時のみ限定して使っています。ただし、ここは深々と木々に囲まれているとはいえ登窯を使うときは市街地なのでいちいち消防署の許可がいるそうです。
これら3つの窯はことごとく使い物にならなくなっていました。
窯に入れていた作品は95%割れてしまったということです。展示用に保管している歴史的な収蔵品や工房の成形品も上の棚に載せていたものはことごとく割れました。裏庭にはそうした作品が土中に埋められさらに山になっていました。被害総額は1億をくだらないということで、途方に暮れている状態です。生産を再開できても以前よりかなり小規模にせざる得ないということでした。
ほとんど目が見えなくなったものの未だ矍鑠(かくしゃく)としている先代(92歳)が、ひとこと「これで終わりだね」と言っていたのが耳に残りました。
東北地方では最も古い窯元相馬駒焼(600年前)の田代窯とも交流があるようですので震災後の様子を聞きました。まだ連絡が取れないでいるとのことでしたが、15代は息子さんをなくした後の地震と原発のダブルパンチの災害で相当こたえているのにちがいないとのことでした。
相馬駒焼には元禄以前の築窯と伝わる登り窯がありますが相当の被害を受けているものと思われます。また詳しい情報を入手しましたらご連絡さしあげます。
生き残った作品から選んでウェブギャラリーへの参加をお願いして別れました。
skypeしばらく使っていませんが通信できます。
近いうちにご挨拶できればと存じます。
堤焼の被災状況の写真を貼付致しました。
斎藤久夫 (12/05/2011)

君嶋政明様、メールありがとうございます。ご返事遅くなりました。
9月23,24,25日にウィッチフォード・ポタリーでのイベントに東北の作家を一人ご招待いただけるとのこと、大変嬉しいお申し出としてうかがいました。
私としましては本間伸一氏をおいて他に適任者はいないと思っております。その理由としましては
1.桃山を頂点とする日本陶芸の古典の魂を身につけており、岩手の土の存在感にあふれる一方、都の雅さはないが「野のエレガンス」と私が名付けている自然で多様なかたちの作品が美しくすばらしい。
2.師匠や決まった型を持たず、独立独歩の研究と精進の歩みを通して、備前や伊賀、志野、唐津などの多様な技術・表現を身につけているので、氏を通して日本陶芸を展覧できる。(2004年のドイツ展でもこの点が招待のポイントになったようです。)陶土も地質図を基に岩手の各地で採集し用いている。
3.縄文時代の野焼きを実験考古学的に再現し(本間氏は、東北大の学生時代、歴史学を学び、仙台藩時代の切込焼の復興に参加した)今年36回を迎える藤沢野焼祭り(ブログでご覧頂いていると思いますが実にユニークな祭りです。)の実質的提唱者であり、これまでアジアやドイツの作家を招待するなど国際交流の企画、運営に携わって来た。同じ道を歩む者同士、高いクオリティーと独自の作風を持った英国の作家さんとの出会いとても楽しみに末永い交流を望んでいる。
4.都会から遠く離れた岩手の山の中の築200年以上の古民家に住まい、今では珍しくなった昔ながらの和の生活の空気に浸る中で生活を続けている。(岩手県という所は面白いところで、めまぐるしく変わる消費文化や流行に左右されず日本の古い文化、魂が残っている。例えば和菓子などにも昔なつかしい素朴な味がある。かって平安時代には平泉が京都と対抗する様な独自の文化圏を形成していた。)
5.岩手県を初め近県の個々の窯、画家、版画家などのネットワークの要めとして、若手の育成にも携わっている。
以上が推薦の理由ですが、作品については厳しい目と姿勢を持っていますが、人柄は素朴で温厚な方です。
本日、本間さんからお礼状が届きましたので、以下に文字データ化したものを入れます。FAXで届いた元の礼状と届いたばかりの岩手県遠野市在住の薬師窯(陶芸家 菊池和好氏)や大船渡市の登窯(千葉元仁氏)の被災状況や被災状況も合わせて添付致します。本間氏より仲間が協力し合っての復旧作業の様子(完成までムービーでも撮影予定ですので、9月には編集したものをお持ちできるでしょう)も届く予定ですので、このあとお送りできるかと思います。最後に現実的なことになりますが、何しろ英国は日本からは遠く、厳しい状況の中で渡航費用を工面できるかどうか心配ではあります。 (05/05/2011)


The following letter is from Honma Shinichi himself.

君嶋故明様、お見舞いのメールありがとうございます。遠く英国からご心配いただき感謝と驚きの気持ちです。
ご返事遅くなりました。3月11日の震災の時は、5月下旬の窯焚きにむけ製作中でした。その2日前にも三陸沖でM7クラスの大きな地震がありました。一瞬のその地震の余震かと思いましたが、だんだん揺れが大きくなり、物が落ちてきました。2~3分ぐらい揺れていました。すぐ窯を見に行きました。外から見た様子は崩れてもいないので、軽い補修で済みそうで、穴窯なので登り窯に比べると強いと思いました。
4月に入り小さな単窯の補修を済ませて次に穴窯の補修に入ろうとした4月7日、深夜に又強い揺れの余震がきました。全開の地震より強く揺れ、すぐ工房と窯に走りました。工房は前回より激しく物が落ち、窯は補修した単窯のアーチが外れかけ、穴窯はアーチは落ちてはいないけれど焚き口のレンガは崩れ、天井のモルタルもはがれ落ちていました。
地震学者によると、M8クラスの余震が10~20%の確率であるなどとテレビで流れていたりもするもので、窯の修復をためらっていましたが、5月の連休に入り、東京より子供達が手伝いに帰り、まず単窯の解体をしました。穴窯は天井のモルタルをはぎ取り、どのくらい傷んでいるかをみました。ゆるんだアーテを直したり、すき間につめ物をしてとりあえず補修を済ませ、6月上旬には窯に火を入れたいと考えています。
岩手・宮城の仲間の被害は、3月11日の地震の直後は知ることができませんでした。地震と同時に停電になり、電話も携帯電話も接続できなくなり、全く情報をとりあうことが出来ない日が10日ぐらい続きました。
電話の接続が回復するにつれて、仲間からの情報も入るようになりました。
沿岸の大船渡で作陶している30代の仲間は、家は津波で床上浸水、窯は後ろの半分が崩れ落ちたとのことでした。
気仙沼で活動している50代の仲間は、薪窯ではないけれど、津波により家が床上浸水、工房と窯は高台にあったので無事ということでした。岩手県遠野市に活動している50代の仲間の穴窯は崩れ落ちてはいないけれど、補修で済むような状態ではないので、解体して造り直すとのことです。
宮城県栗原市の50代の仲間の登り窯は、一部が崩れたという事です。その他に花巻市と奥州市にいる仲間の窯も一部破損しているとのことです。
相馬焼の人達の情報は、福島県・須賀川市の50代の仲間に尋ねましたが、よくわからないとの事でした。
相馬焼は浪江町にあるので、原発の影響でどこかに避難しているのだろうと話していました。ちなみに彼の窯は穴窯なので無事であるとのことでした。
窯の被害は登り窯の方が大きく、穴窯は比較的小さいようです。いずれにしても岩手・宮城・福島の焼き物をしている人達は、大小あるけれども被害を受けているようです。
仲間達と「津波による壊滅的な被害から立ち直り、世の中が少し落ち着くまでの間、自分達の仕事はかなり厳しいことを覚悟しなければならないだろう」と話し合っています。それが何年になるのか10年で済むのだろうか不安です。
君嶋さんにお願いしたいのは、東北の焼き物をできる限り紹介していただき、東北の焼き物にもっと目を向けてもらえるように、英国から発信していただければ大変心強く思います。
今東北は桜が散り青葉が美しい季節になりました。遠い地から心にかけてくれる皆さんに感謝いたします。
本間伸一 (05/05/2011)

斉藤久夫様、過日は本間伸一さんの窯の被害状況をお知らせ下さいまして有り難うございます。
私自身、何度も自分で窯築きを経験しています。面倒な作業ではあっても、窯を築いている時は夢も拡がり、以外と楽しいものです。早くまた藤沢の窯に火が入るのを期待して止みません。
こちら英国に入ってくるニュースは、益子の被害を少々大袈裟なくらいに騒いで、義援金を募る活動も陶芸雑誌などで行われているようです。これも、過去のバーナード・リーチ、濱田庄司、柳宗悦等の日英交友から引き継がれた民藝運動の名残りとも言え、仕方の無い事かも知れません。私の茶碗も、6月の益子救済支援オークションに英国陶芸作家の一人として参加しています。しかし私からしてみれば、益子より起源の古い東北の諸窯の事を知らないとはいえ、不公平、片手落ち極まりなく感じます。
今後は機会の有る毎に、少しでも東北の焼物、作家さん達の作品を紹介して行きたいと考えています。だいぶ昔、友人(故・成井藤夫さん・益子の作家)から古い堤の大甕を見せられ、その余りの美しさに自分も欲しくなり、一緒の探しに出掛ける約束をしたまま、果たせない夢となってしまいました。
何とかウェッブサイト (窯焚きエイド)も稼動しましたので、ウェッブ・ギャラリーを通して、東北の薪窯再興のための義援金を募りたいと考えています。また、日本の陶芸家の皆様、特に東北および北関東の作家さん達にもウェッブ・ギャラリーに参加して頂き、ヨーロッパだけではなく広世界中の愛陶家に、素晴らしい日本のやきものを知って貰いたいと願っています。募金活動など大嫌いな私が、一銭の徳にもならない事を始めたのも、やきものに対する限りない想いからなのでしょうか。自分にも良く分かりませんが、一旦始めたからには、何年かかっても完遂するまで続ける覚悟です。
また、今年、9月23,24,25日にウィッチフォード・ポタリー(Whichford Pottery, Whichford, Warwickshire) にて日本の陶芸をテーマにしたイベントに招待作家の一人として呼ばれています。主催者に、日本の東北から一人陶芸家を招待したらどうかと誘い、了解を得ました。
そこで斉藤様にお願いがあります、復興に向けて皆さんお忙しいとは思いますが、どなたか御推薦頂けませんでしょうか。細かい事は私が主催者と折衝、仲介いたします。何卒宜しくお願い申し上げます。
斉藤様のブログ、一番最初から楽しく読ませて頂きました。
まとまりの無い便りとなってしまいましたが、心情をお汲み下さり御容赦願います。
お返事、お待ちしております。
Advertisements
This entry was posted in News from Japan and tagged . Bookmark the permalink.

Leave a Reply

Fill in your details below or click an icon to log in:

WordPress.com Logo

You are commenting using your WordPress.com account. Log Out / Change )

Twitter picture

You are commenting using your Twitter account. Log Out / Change )

Facebook photo

You are commenting using your Facebook account. Log Out / Change )

Google+ photo

You are commenting using your Google+ account. Log Out / Change )

Connecting to %s